プロローグ

「世界は常に未来に流れている
今あるこの世界が破壊されたら、全く同じである世界は二度と戻って来ない・・」



・・と・・どこかの科学者は言っていたし、小説なんかにもよくこういう「過ぎた時は帰らない」なフレーズは登場する

常識的に、この世界の一住人であるボクもそうだと思う


同じ世界が存在し得たのならば、何か「残る物」があるはずだ

・・しかし今この世界に存在する古代文明は、「数百年前に存在するはずのない技術」が使われていた、とかその程度の遺産しか残っていない

・・まして「大昔にボクたちと同じ時が流れていた、ボクたちは昔同じ事をしていた」・・なんてワケのわからない事実を証明するような品物が出土するはずもなかった。



ところが、ボクは「同じ世界」の存在を否定できない理由があった
ボクは高校で授業を受けている時も、友達と騒ぐ時も、家に帰る途中で危なく車に撥ねられそうになるその瞬間も・・

その全てが「既視感」で一杯だった

まるで一度・・と言わず、何度も何度も見たような「デジャヴ」が日々の生活にまとわりついていた



・・今日もベッドから気持ちよく起きる・・

制服を着て眼鏡をかけ、スカートの裾を直してバッグを持ち、リビングに行って朝食のエッグトーストをくわえる

・・一瞬何かが窓を横切ったような気がして・・ボクは少し外を覗いた


(?)


・・気のせいだったようだ

快晴の空の下に飛び出し、ちょっと駆け足で長い下り坂を下っていく


ボクが通っている高校まではこの下り坂を下ってすぐ・・

真っ直ぐ行くだけの、何の変哲もない毎日の通学路だった



・・坂の終点に横断歩道が見える

ここには四車線の道路があって、高校の前だけが唯一の横断歩道の設置場所だ

車通りが多いせいか、信号は非常に長く・・一度赤になったら2、3分は立ち往生する羽目になる

自慢じゃないけど面倒屋のボクはいつも点滅で渡ったり、赤になるスレスレで渡り終えたり、というのが当たり前になっている


・・あ、点滅・・

今日もボクはギリギリの信号機に突っ込むつもりでいた



・・ところが・・



「あわっ・・とっ・・・・きゃぁぁっ!?」


突如横からぶつかってきた人影に押されて、ボクは横断歩道の一歩手前で地面とキスする羽目になった


・・痛い、もの凄く痛い・・・


絶対鼻血出てる、眼鏡も心配だ、早く起きよう・・

がばっ!・・と顔を起こしたボクの目の前を、突風のような気流が過ぎ去っていった


・・え?・・・


車だ。

巨大な何かを乗せた大型トレーラーが、猛スピードで駆け抜けていったのだ


・・危ないなぁ、人を撥ねたらどうするんだ!


その後ろを追いかけていくパトカーも目に入った

・・全く、世間にはスピード意識の欠けた人間が多いんだから・・


立ち上がろうとして、ボクは急に背筋が寒くなった




・・もしも今、横断歩道を渡ろうとしていたら・・?



ボクみたいな運動もせずに読書ばかりしている人間は体力も頑丈さもない・・いや、人間であれば誰でも今のトラックに撥ねられれば即死だろう・・

倒れなければボクは想像通りの惨事に遭って、今頃走馬燈でも見ていたのかもしれない


そう思うと身体が何故か震えてきて・・ぺたん、と腰を抜かして座り込んでしまった



「あー!・・す、すみません!大丈夫でしたか?」


緊張感の無い声で、さっきぶつかってきた人影はボクを気遣った

・・手を差し出しているのは青い綺麗な髪の・・ボクよりわずかに幼い感じの娘。

コスプレか何かだろうか?「黒いメイド服」なんてものを着ている、明らかに景色から浮いた存在だった


「・・うん、大丈夫だけど・・」

「そーですか、それはよかった・・(笑)」


手を引かれて立ち上がるボク

・・まだ身体が震えている


「ありがとう、助かったよ。」

「・・・・・・はへ?」


ボクの口から出た言葉・・彼女は「きょとん」という顔になった

・・そりゃそうだ、ぶつかってケガさせた相手に感謝されたら、ボクだって絶対こういうリアクションになる


「ああ!?は、鼻血!!・・こここ、これ使ってください!!すみませんすみません!!」


あわててハンカチを取り出し、ボクの顔を丁寧に拭き始める彼女・・


「い、いいよ、自分でやるからさ」


・・と言いながらハンカチを借りて、鼻の辺りを押さえる

心配そうに顔をのぞき込んでくるので、ボクは軽く微笑みを浮かべながら言った


「気にしないでいいよ?君がぶつかってくれなきゃボクは今頃トラックに撥ねられて・・」


・・撥ねられて・・?

ボクは「死んでいた」?



何か違和感が生じた

・・日々感じていた違和感とは違う・・?


そういえばこの瞬間を「どこかで見たような既視感」が「ない」・・

ボクはこの娘に転ばされた、そういう光景を見た事がない・・?



それから・・「今までと違う違和感」を抱えたまま・・ボクは家に戻って、夜のひとときをリビングで過ごしていた


『太平洋高気圧が前線とぶつかり・・・』


ニュースは天気予報の時間だ、もうすぐ7時・・元々テレビを見るという習慣のないボクは、また自分の部屋に戻って読書をするだろう

そう思った直後・・ふと、地面が小さく揺れた


・・あれ?・・地震かな?・・


そう思った程度で、ボクは後で部屋に持って行く紅茶の準備をしようと立ち上がった

その直後、テレビのキャスターが消えて、報道フロアの光景になって・・別なキャスターが映った


『・・臨時ニュースをお伝えします、先ほど東京・渋谷駅前に巨大な物体が落着しました』


・・ああ、さっきの揺れはそのせいか。


そのくらいの考えが浮かんで、さっさと消えていく

・・臨時ニュースだろうが何だろうが、ボクにとって「事件」特に「他人の事件」「他所の事件」というのは興味のない題材だった


『巨大な物体は人型をしており、渋谷地域を破壊しながら新宿方面へ移動中・・』


・・しばらく動けなかった

・・こんな時間から特撮番組をやっていたか?・・それともバラエティか何か?

今テレビから聞こえた情報は幻聴だと、そう言い聞かせる声が聞こえてくる


画面を見たボクの目に、渋谷の駅前・・見慣れた風景を破壊する巨大な「ロボット」の姿が映る


・・そうか、きっと新手の映画宣伝なんだ・・


またもボクの頭には幻覚だ、幻聴だ、幻だと声が聞こえてくる

・・認知したくない事実なのだろう、これは。



話をする家族がいれば「幻覚だよね?」などと同意を求める瞬間だが、あいにくとボクの家族は本棚の本と趣味で作ったプラモデルくらいだ

・・しかしそのプラモデル・・ロボットそっくりの巨大な人型が、渋谷のセンター街を焼き尽くしていた


現在は1998年だ、もちろんロボットなんて開発が始まったばかりで、巨大ロボどころかまともな二足歩行の開発すらどうか・・という時代・・


・・冷静になれよボク、こんなの映画以外にあり得ないじゃないか・・大規模な宣伝に決まってるよ

・・さっきの揺れにしたって地震が偶然重なっただけさ



一瞬でも驚いた自分に呆れて、ボクはダージリンの葉を缶から取り出す・・

・・周囲が急に明るくなった


「・・・・・・・」


言葉を失う、とはこういう事なのだろう

見上げた天井・・の真ん中にある空の見える窓、その向こうに大きな赤い光が一本の線を描いている

・・テレビで丁度その瞬間、ロボットが左手から光線を放っていた・・「赤い色の光線」を。



缶が倒れて葉が散らばるのも気にせず、ボクは急いでベランダに出た

高い丘の中腹にあるこの家からは、もう一つ向こうに見える丘を越えて、都心地域が見える・・



渋谷の辺りは、異常なまでの明るさに包まれていた・・


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・・翌朝・・


どうやらパニックを起こして意識を失ってしまってたらしい、ボクはベランダで目を覚ました

・・どうにも信じられずにテレビをつければ・・さも当たり前のようにやっている昨日の一部始終のニュース



・・気持ち悪い「既視感」から解放されたボクは、ようやく当たり前の日々が始まるものだと思っていた

・・しかし・・「当たり前の日々」というのは、昨日・・あの横断歩道の前で倒れるまでの日々だったのだろう



・・「同じ世界が何度も繰り返している」・・多分ボクは、そういう世界の繰り返しに気がついていたんだ

そして・・何千何万と繰り返す世界の中で、ボクはその繰り返しの数だけ、あの横断歩道で死んでいたのだろう


・・ところが今回、ボクは死ななかった

神様がいるとかなんとか、そんな非常識な事じゃない・・多分「偶然」ボクは生きているんだ


・・既視感がなくなったのは、ボクが「繰り返しの世界」から外れた事を意味するんじゃないのか?


・・読書のし過ぎで変な考えをしているのかもしれない、だけど・・そう考えるとつじつまが合うような、そんな不思議な感覚だけがあった


昨日の朝、「窓を何かが横切ったような気がしてのぞき込んだ」という行動がなければボクは死んでいただろう

時間にしたって、たっだ20秒くらいなものだ。

だが、その20秒でボクを取り巻く世界が変わった


・・不意にボクは着替えを済ませて、いつもの登校時間より少々早いにもかかわらず通学路を走っていた

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・・昨日の女の子と再会するのはそのわずか数十秒後だった

そう、学校へ向かう途中の横断歩道・・またもあの娘とぶつかったんだ


「・・すみません・・」

「気にしないで(汗)」


・・よくもまぁ何度もぶつかるなぁ、前方不注意で訴えられそうな娘・・。


「お名前を聞かせていただけませんか?いずれお見舞いを持って伺わせていただきます・・何度もすみません・・」


本当に困ってしまっているらしく、話は何やら大事になりつつある


「いいって、ボクは気にしてないから・・」

「私は海の方のお屋敷で家政婦をしているアステリア=テラ=ムーンスという者です・・どうか貴女のお名前を・・」


ぼろぼろと泣いている彼女を見て、なんだか可哀相になってきたので・・しょうがないからボクは名乗った


「ボクは咲夜、名雲咲夜(なぐもさくや)。」


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地球に来訪する正体不明の巨大ロボット、次々に現れるボクの感覚とはかけ離れた人たち

普通の生活はすでに終わりを告げ、ボクの世界は奇妙な空間へ迷い込んでいく


・・後の事だが、ボクはアステリアと共に例のロボット達と戦う事になった

何がどうなっているのかわからないけれど、ボクにできそうな事はやるしかない

・・生き残った意味を考えるのは、それからでも遅くないはずだから。




・・そして・・ボクの20秒が「繰り返す歴史」の全てを書き換える。



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